[文学フリマとあんまり関係なくなってきた] 通過者たちの文体 (3)

 ぶらり、本屋に入った。
 再版された『真夜中へもう一歩』が『マイク・ハマーへ伝言』と並び、平積みになっていた。
 昨秋、薄暗い地下の喫茶店で「このミステリーがすごい!」の対象作品リストを盗み見て、ようやく、ぼくは矢作俊彦がミステリを書いていたことを思い出した。『ロング・グッドバイ』が「このミステリーがすごい!」四位にランクインしてようやく、ぼくは矢作俊彦がミステリーを書いていたことを思い出した。
 手に取り歩きながら、財布を胸から引っぱりだした。
 『真夜中へもう一歩』など、もう四冊めになるのではないか。高橋源一郎の解説に抱腹絶倒するために、新品の文庫を買うくらいの金ならある。ベンツのSクラスを買う金はないが、そんな金が欲しかったことは一度もない。
 欲しいものはそれではないのだ。