[文学フリマ] ねぇ、ナナ。あたしたちの出会いを覚えてる?
あの魔術的なX端末の前、文学部のギャルが彼氏からのエレクトロニックメールに涙ぐんでいた時代、ぼくはそ奴の噂を風に聴いた。インターネットなんて、予兆を孕んだモザイクのなかにだけ見つけられた時代、ニートも非モテもメンヘルも、まだ言葉さえ生まれてなかった。ぼくの掌に握りしめられた言葉は、せいぜいが不思議少女に過ぎなかった。渋谷系が本当に渋谷にいた時代の下北沢で、不思議な噂をまとったそ奴は、信じられないくらい細身の少女だった。色違いの針でステイプルしたペーパーをまくのがそ奴の職業で、女子高生と友達になるのが得意技で、百九個のペンネームで音楽評論から小説まで書きこなすと噂されていた。
ぼくたちの誰ひとり、携帯電話を持っていなかった時代の話だ。
PHSを持っている奴は、いた。
頭にPHSを載せて「まげぴっち」と叫ぶ遊びが、立て看板が立ち並ぶ灰色のキャンパスで流行した。
なにがおもしろかったのか、皆目、思い出せない。
そんな時代、ぼくはそ奴と出会った。