ベネズエラの正式名称なんて訊かなきゃ良かったと思わないじゃない。吐き捨てるように彼女は(英語で)「今の大統領はコミュニストなのよ」と告げた。若くてキレイな女のコが「コミュニスト」なんて言葉を発するのを聴くのは久しぶりな気がした。いやいや初めてかもしれなかった。「あたしは幸運だったわけ。ジャパンのガバメントのファンドで、ジャパンに来ることができたわけだから。あたしの友達なんか仕事もなくてうだうだしてるわよ」彼女は言った。彼女はベネズエラの上流階級の出身だったが、したたかに酔っていた俺はそのあたりのことは気にしなかった。彼女の英語がスペイン語に切り替わったらどうしようと恐々とするばかりだった。しかたない、俺は話題を変えることにした。「ねえ、ダンスはどうなの? サルサとか。ぼくの友達にサルサが大好きなやつがいてさ」「ダンス? 踊るに決まってるじゃない。毎週、木曜日と金曜日は六本木に朝までいるわよ」俺は口笛を吹いた。Araiさんの言うとおり、サルサのレッスンに通っておくべきなのかもしれなかった。彼女は言った。「だけど、キューバサルサベネズエラサルサは違うのよ」それから彼女は違いを説明したが、理解するには俺は酔っぱらいすぎていた。だけど、酔っぱらいすぎているがゆえに気づくこともあった。

俺がきみに惚れたとしたら(過去形で語るかぎりすべては真実なのだけれど)、その理由はきみがニッポン人離れした貌を持っていたからに違いない。そう、きみに言い忘れたひとつのことがある。『Lovely Rita』のヒロインが誰かに似ているとしたら、それはきっときみに似ていたに違いない。だけど、きみが誰かはやっぱりヒミツなんだ(ベネズエラの女のコのことじゃないよ)。