[文学フリマ] アキバッパラブンガクスタイル (3)
叫んでいる。制服が、叫んでいる。
「ここは通路です。立ち止まらないでください」
一九六九年五月一四日。
警視庁は新宿西口地下広場におけるフォーク集会を禁止する。
理由は明白だった。
「路上で歌うのは道路交通法違反」
[文学フリマ] HIMOTE, FUCK YEAH!
新宿にいます。
新宿で、朝まで呑んでいます。
「本当の非モテの話をしよう」
そんなことをのたまいながら、カラオケ屋でビールを呑んでいます。
言葉にしようとした瞬間にこぼれおちていくものに怯えながら。
[文学フリマ] メンヘルにならないための一箇条
文章を書くために、ぼく自身の一族の歴史を思い出さなければなりませんでした。酒を呑みながらそんなことをしたら、悪い旅が遅いかかってくることは明々白々です。田舎の因襲。痴呆の老人。キッチンテーブルの上のDSM-IV。狐つきの少女。黒色火薬。本棚に並べられた本(書名は黒マジックでぬりつぶされている)。
諸々がのしかかってくる前に、走りださなければなりませんでした。
「スコットさん」と名づけられた自転車を駆り、ぼくは走りだしました。
まったく信じられないことに、これは体力の過信なのでした。躰を鍛えれば鬱が治るなんて与汰は(たぶん)信じていませんが、まったく身体が関係ないとしたら、どうしてあの少女はあの少女だったのでしょう。遺伝子にファックと叫んだ瞬間、最後の総力戦が始まることを、あのころのぼくたちは理解していませんでした(いやいや今にいたっても)。もちろん、あれにもこれにもファックと叫ぶこと、それこそがぼくたちの綱領なのですが。
換言します。
そこに向かう圧倒的な速度が、メンヘルどころか資本をすら、遠く引き離して往くと(まだ)信じているのです。
本当ですよ。
ぼくは、コンクリートと鉄の構造物の下を疾走するのが好きです。
ぼくは、ナトリウムランプの黄色い光の中を駈けるのが好きです。
腹腔にためこんだ怒りが方向を失って爆発する前に、だから、ぼくたちは走り出さなければならないのです。
[文学フリマ] 笑ってもいいよ。と続けてあげるには、ぼくたちにはジェントルが足りない
誰が言ったかは覚えていない。
誰かが言った。
誰もが言った。
「彼が帰ってきます」
その科白を言うために、わざわざルービックキューブを買った。
「彼が帰ってきます」
ぼくたちは滝本竜彦を特集する冊子を作り、そ奴が来るのを待った。倒産する前の青山ブックセンターで催された最後の文学フリマだった。転叫院に彼女がいなかったころの話だ。ぼくがケミカルをきめ、Hがエロゲーを作っていたころの話だ。まったく滝本竜彦だった。ぼくたちが滝本竜彦で、滝本竜彦がぼくたちだった。
会場のそとに、あ奴を待っている奴らが幾人もいた。
そして、来た。
あ奴は、来た。
あのころの会話の続きを、ぼくは始めようとした。
「ハチクロを読んでる男子をさ、ぶんなぐらねえか」
ほれぼれするようなストレートが一閃、ぼくの頬に快音がひびいた。意識を取り戻したぼくが見たのは、まったく自然に売り子をしているそ奴の姿だった。あのころと変わらず、そ奴は信じられないくらい細身の少女だった。そ奴の百十個めのペンネームは(やっぱり!)sayukだった。
名前の由来の本当のところは、まだ教えてくれない。
ちぇ。
[文学フリマ] これはやっぱり運命だと思う。
そ奴が失踪して、いくつかの春が来て、いくつもの秋が去った。ぼくはオトナになることに失敗しつづけ、ずるずると大学に居残っていた。魔術的なX端末は駆逐され、ピカレスクなiMacがやってきた。女にふられたぼくは腹いせにアップルユーザになり、PowerBook以外のノートパソコンを使わないことに決めた。
ちょうどそのころ、 id:sayukなる人物の日記が、ぼくたちの間で話題になった。
ぼくたちは唖然とした。
ぼくたちのなかで、意見が分かれた。
意見が分かれたが、結論は一緒だった。
あ奴だ。あ奴しかいない。
ソウルセットとボルヘスの話をまとめてしちまう奴が、ごろごろしているわけがない。
緒川たまきと桐山襲をキーワード登録するなんて所業、あ奴以外の誰がやるだろう。
だけど、と、ぼくたちは唇を歪めて言った。
「インターネットは広大だから、もしかしたらあ奴に似た誰かがいるのかもしれない」
第二回文学フリマが、近づきつつあった。