[文学フリマ] アキバッパラブンガクスタイル (3)

 叫んでいる。制服が、叫んでいる。
「ここは通路です。立ち止まらないでください」
 一九六九年五月一四日。
 警視庁は新宿西口地下広場におけるフォーク集会を禁止する。
 理由は明白だった。
「路上で歌うのは道路交通法違反」

[文学フリマ] アキバッパラブンガクスタイル (2)

 新宿でなく、秋葉原だった。アキハバラクロスフィールドが、再開発事業の正式名称である。
 明治二三年がどれだけ遠くなったとしても、「秋葉原」は「あきばっぱら」と読むのではないか。分裂騒動以前の『コンプティーク』は頑なにアキバと呼んでいたように思う。
 幻想かもしれない。
 ぼくが高校生だった時代が明治よりも遠くないと誰に断ずることができるだろう。

[文学フリマ] アキバッパラブンガクスタイル (1)

 一枚の写真がある。
 横断幕に、こう書かれている。
「この場所は、歩行者の皆さんが通行する道路(交通広場)です。通行の障害となる
 ライブ演奏・物品の販売等は一切禁止します。
 千代田区 万世橋警察署 東京都第二区画整理事務所」

[文学フリマ] HIMOTE, FUCK YEAH!

 新宿にいます。
 新宿で、朝まで呑んでいます。
「本当の非モテの話をしよう」
 そんなことをのたまいながら、カラオケ屋でビールを呑んでいます。
 言葉にしようとした瞬間にこぼれおちていくものに怯えながら。

[文学フリマ] メンヘルにならないための一箇条

 文章を書くために、ぼく自身の一族の歴史を思い出さなければなりませんでした。酒を呑みながらそんなことをしたら、悪い旅が遅いかかってくることは明々白々です。田舎の因襲。痴呆の老人。キッチンテーブルの上のDSM-IV。狐つきの少女。黒色火薬。本棚に並べられた本(書名は黒マジックでぬりつぶされている)。
 諸々がのしかかってくる前に、走りださなければなりませんでした。
 「スコットさん」と名づけられた自転車を駆り、ぼくは走りだしました。
 まったく信じられないことに、これは体力の過信なのでした。躰を鍛えれば鬱が治るなんて与汰は(たぶん)信じていませんが、まったく身体が関係ないとしたら、どうしてあの少女はあの少女だったのでしょう。遺伝子にファックと叫んだ瞬間、最後の総力戦が始まることを、あのころのぼくたちは理解していませんでした(いやいや今にいたっても)。もちろん、あれにもこれにもファックと叫ぶこと、それこそがぼくたちの綱領なのですが。
 換言します。
 そこに向かう圧倒的な速度が、メンヘルどころか資本をすら、遠く引き離して往くと(まだ)信じているのです。
 本当ですよ。
 ぼくは、コンクリートと鉄の構造物の下を疾走するのが好きです。
 ぼくは、ナトリウムランプの黄色い光の中を駈けるのが好きです。
 腹腔にためこんだ怒りが方向を失って爆発する前に、だから、ぼくたちは走り出さなければならないのです。

[文学フリマ] 笑ってもいいよ。と続けてあげるには、ぼくたちにはジェントルが足りない

 誰が言ったかは覚えていない。
 誰かが言った。
 誰もが言った。
「彼が帰ってきます」
 その科白を言うために、わざわざルービックキューブを買った。
「彼が帰ってきます」
 ぼくたちは滝本竜彦を特集する冊子を作り、そ奴が来るのを待った。倒産する前の青山ブックセンターで催された最後の文学フリマだった。転叫院に彼女がいなかったころの話だ。ぼくがケミカルをきめ、Hがエロゲーを作っていたころの話だ。まったく滝本竜彦だった。ぼくたちが滝本竜彦で、滝本竜彦がぼくたちだった。
 会場のそとに、あ奴を待っている奴らが幾人もいた。
 そして、来た。
 あ奴は、来た。
 あのころの会話の続きを、ぼくは始めようとした。
ハチクロを読んでる男子をさ、ぶんなぐらねえか」
 ほれぼれするようなストレートが一閃、ぼくの頬に快音がひびいた。意識を取り戻したぼくが見たのは、まったく自然に売り子をしているそ奴の姿だった。あのころと変わらず、そ奴は信じられないくらい細身の少女だった。そ奴の百十個めのペンネームは(やっぱり!)sayukだった。
 名前の由来の本当のところは、まだ教えてくれない。
 ちぇ。

[文学フリマ] これはやっぱり運命だと思う。

 そ奴が失踪して、いくつかの春が来て、いくつもの秋が去った。ぼくはオトナになることに失敗しつづけ、ずるずると大学に居残っていた。魔術的なX端末は駆逐され、ピカレスクiMacがやってきた。女にふられたぼくは腹いせにアップルユーザになり、PowerBook以外のノートパソコンを使わないことに決めた。
 ちょうどそのころ、 id:sayukなる人物の日記が、ぼくたちの間で話題になった。
 ぼくたちは唖然とした。
 ぼくたちのなかで、意見が分かれた。
 意見が分かれたが、結論は一緒だった。
 あ奴だ。あ奴しかいない。
 ソウルセットボルヘスの話をまとめてしちまう奴が、ごろごろしているわけがない。
 緒川たまき桐山襲キーワード登録するなんて所業、あ奴以外の誰がやるだろう。
 だけど、と、ぼくたちは唇を歪めて言った。
「インターネットは広大だから、もしかしたらあ奴に似た誰かがいるのかもしれない」
 第二回文学フリマが、近づきつつあった。