[文学フリマ] メンヘルにならないための一箇条

 文章を書くために、ぼく自身の一族の歴史を思い出さなければなりませんでした。酒を呑みながらそんなことをしたら、悪い旅が遅いかかってくることは明々白々です。田舎の因襲。痴呆の老人。キッチンテーブルの上のDSM-IV。狐つきの少女。黒色火薬。本棚に並べられた本(書名は黒マジックでぬりつぶされている)。
 諸々がのしかかってくる前に、走りださなければなりませんでした。
 「スコットさん」と名づけられた自転車を駆り、ぼくは走りだしました。
 まったく信じられないことに、これは体力の過信なのでした。躰を鍛えれば鬱が治るなんて与汰は(たぶん)信じていませんが、まったく身体が関係ないとしたら、どうしてあの少女はあの少女だったのでしょう。遺伝子にファックと叫んだ瞬間、最後の総力戦が始まることを、あのころのぼくたちは理解していませんでした(いやいや今にいたっても)。もちろん、あれにもこれにもファックと叫ぶこと、それこそがぼくたちの綱領なのですが。
 換言します。
 そこに向かう圧倒的な速度が、メンヘルどころか資本をすら、遠く引き離して往くと(まだ)信じているのです。
 本当ですよ。
 ぼくは、コンクリートと鉄の構造物の下を疾走するのが好きです。
 ぼくは、ナトリウムランプの黄色い光の中を駈けるのが好きです。
 腹腔にためこんだ怒りが方向を失って爆発する前に、だから、ぼくたちは走り出さなければならないのです。