世界を理解するためでなく、敵と敵でないものを峻別するために。しかし、それとこれの間にどれほど差があったというのだろう。

そんなふうに簡単に二分できた幸福な時代はすでに終わっていて、今号の「H」は表紙がうさこちゃんだったりするのだけどね。(id:sayuk:20040105#p1)

そも、最初のテーゼはこうだ。

ノルウェイの森』を読んだ者は、信用できない人間である。(id:moyu0:20031121#p2)

商品Aを消費した者が、関係する性質A'を持つと仮定し、性質A'を持つ者を敵性分子と定義する。(遡及的で再帰的な)繰り返し作業により、集団の全員の敵性を決定し、闘争を開始する。闘争の様式はいくつも存在し、酔ったふりをしてささやかれる甘やかな言葉であり、ぎごちなくやわらかにはいまわる掌だった。けれども、消費された商品と、消費した人間の性質のあいだにどれほどの関連があるだろう。

ここより涯てにあるものは信仰であり、いかにも、もはや、彼/彼女を包囲した商品のリストによって彼/彼女を十全に表現することはできない。なんとなれば、そう、すでに八〇年代でなく、つまり、彼/彼女はそのリストによって表現されたくないという欲望さえも、そのリストに追加してしまったのだから。だから、信仰だけがここにある。これが闘争だったなら、それもまた闘争だったのだ。