「今週の日曜日の銭湯はリンゴ風呂だそうな」と、話していて、クリスチャンだったことを思い出した。なんのことはない、日曜日は週の七日めだとするぼくと、日曜日は週の一日めだとする彼の間で、会話がいくらか混乱したのだった。それから、ぼくはさらに思い出した。クリスチャンだったぼくは、三賢者のはなしを書こうと思ったことがあった。三賢者は、実は四人だったというはなしだった。なにか気の利いたオチがついていたはずだが、そのオチがどうにも思い出せなかった。